大雨の夜、岡山にはドラゴンが現れる
私はHANA。
岡山で自宅ガレージを改装してクレープ屋をやっている。
この話は、ガレージを改装する、少し前のお話・・・。
ある大雨の夜。
私は家の中で、ひっそりと過ごしていた。
窓の外は黒い。暗いというより、黒だ。
道路は濡れて光っている。
街灯の下だけが、ぼんやり白く浮かび上がる。
雨音がずっと続いていて、世界全体が水の中に沈んでいるみたいだった。
晴れの国おかやまであっても、
年に1度くらいこのような日がある。
家の中だけが、安全地帯。
コーヒーを飲むなり、スマホを見るなり、
何かしらの家事を見て見ぬふりするなりしていれば、この夜は静かに過ぎていく。
そう思っていた。
その時だった。
――ゴォォォォォォン。
鳴いた。
夜の外で、何かが鳴いた。
雷かと思った。
でも、雷にしては低い。
違う。
事故?
いや、違う。
怪獣?
うーん、近い。
ドラゴン?
そう。
あれは完全にドラゴンだった。
夜の雨の中で、岡山の地にドラゴンが現れた。
私はそう確信した。
大雨の夜、私は外へ出た
普通なら、大雨の夜にわざわざ外へ出たりしない。
濡れるし。
暗いし。
足元は見えないし。
夜の雨は、ふつうに怖い。
家の中にいる人間が、大雨の夜に外へ出る理由なんて、
宅配便か、子どもの送迎か、洗濯物の救出か、よほどの非常事態くらいである。
でも、その時は違った。
外でドラゴンが鳴いたのである。
さすがに確認しないわけにはいかない。
私は大雨の中、外の様子を見に行った。
玄関を開けると、雨の音が一気に大きくなった。
そして、私は発見した。
ドラゴンの正体を。
我が家の目の前で、車の左半身が用水路に落ちていたのだ。
夜の用水路は、見えない。
昼間なら「あ、ここに水路がある」と分かる場所も、
夜になるとだいぶトラップになる。
雨が降れば、なおさら全く分からない。
道路なのか。
水なのか。
影なのか。
穴なのか。
境目が、全部あいまいになる。
もはやあいまいでは済まされない。
道路と用水路は、浸水した雨水により完全に一体化するのだ。
その車は道路を走っていたはずなのに、
「私はこれより水の世界へ行きます」とでも宣言したかのように、
ななめに傾いていた。
あの音は、ドラゴンではなかったのだ。
車だった。
大雨の夜に、
車が用水路に半身を持っていかれた時の衝撃音。
それがドラゴンの正体。
そう、ここは岡山
ここで、県外の人に説明しておかなければならない。
岡山には、用水路が多い。
とても多い。
当たり前に、
道の横にある。
家の前に。
スーパーへ行く途中に。
保育園の送迎ルートに。
住宅街に沿って。
岡山といえば桃であろうか。
岡山といえばきびだんごですか?
岡山といえば晴れの国といえる。
でも、岡山県民にとっては、もしかすると桃より用水路の方が身近かもしれない。
桃は毎日見ない。
きびだんごも毎日食べない。
でも用水路は、毎日見る。
なんなら、見すぎて見えていない。
岡山の用水路は、風景に溶け込みすぎている。
そして油断すると、急に主役になるのだ。
夜×大雨=浸水した道路≒用水路
この公式が出来上げる。
初見殺しどころではない。
普通に何十年そこに住んでいてもヤられる可能性は十分にある。
ドラゴンはそこで、口を開けて待っているのだ。
あまりに多くの人間共が犠牲になっている。
雨が降っていなくても、
「用水路に落ちた高齢者を救出した中高生が表彰される」
というのも風物詩である。
かくいう私も2度は落ちている。
チャリと一緒に落下して、できた左腕の傷はかなり薄くなった。
その時も中学生のお兄ちゃんに助けてもらった。
岡山の用水路は、なぜこんなに多いのか?
岡山の用水路は、県民を落とすために作られたトラップではない。
この記事を執筆するにあたって、調べてみたところによると
もともとは、農業と暮らしを支えるための大切なインフラだったようだ。
岡山平野は、吉井川・旭川・高梁川という大きな川が運んできた土砂や、長い干拓の歴史によって広がってきた土地である。
特に岡山市南部は低い土地が多い。
農地を広げる。
田んぼに水を送る。
雨水を逃がす。
川の水を分ける。
低い土地を守る。
そうやって、水路が生活の中に深く入り込んできた。
岡山市内の用排水路は、延べ約4,000kmあるとされている。
4,000km。
もはや意味が分からない。
軽く日本列島を縦断できる長さではないか。
ここまでくると、「岡山市に用水路がある」というより、
「用水路のすき間に岡山市民が住んでいる」と言った方が近い。
用水路のある土地に住まわせてもらっているのだ。
しかも岡山は「晴れの国」と呼ばれるくらい、雨が少ない地域でもある。
雨が少ないということは、農業をするには水の管理がとても大切になる。
水をためる。
水を引く。
水を分ける。
必要な場所へ運ぶ。
そのために、用水路は欠かせなかった。
昔からこの土地の暮らしを支えてきた、ちゃんとした理由のある存在なのである。
ただし。
理由があることと、夜の大雨でも見えることは、まったく別である。
chatGPTは何でも教えてくれる。
今日も偉い。
昔の田んぼの水路が、今は家の前にある
問題は、時代が変わったことだと思う。
昔は田んぼの横にあった水路であるが、田んぼが埋め立てられ、
今は住宅地の横に残っている。
近い。
あまりにも近い。
県外の人は驚く。
「え、ここ柵ないの?」
あるところもある。
でも、ないところもある。
「え、けっこう深くない?」
深いところもある。
「夜とか危なくない?」
危ない。
「雨の日は?」
もっと危ない。
「夜の雨の日は?」
ドラゴンである。
普段なら分かる。
ここまでが道。
ここからが水。
人間はこっち。
魚はあっち。
最低限の秩序がある。
でも、大雨の夜はその秩序が崩壊する。
それが岡山クオリティ。
他県にも用水路はある?
もちろん、用水路は岡山だけにあるわけではない。
田んぼの多い地域には、全国に用水路がある。
佐賀平野にはクリークと呼ばれる水路網があるし、
新潟や富山、香川などにも、農業と水路が深く結びついた地域はたくさんあるらしい。
だから、「柵のない用水路は岡山だけ」というわけではない。
他県にもある。
でも岡山南部の場合、用水路の密度と生活への食い込み方がすごい。
用水路が特別な場所にあるのではなく、日常の中に普通にある。
だから怖い。
怖いのに、慣れてしまう。
慣れてしまうから、さらに怖い。
特に夜は、慣れた道ほど危ない。
「いつもの道だから大丈夫」と思っている場所が、雨でまったくの別物になるのだ。
では、なぜ全部に柵をつけないのか
ここも、県外の人には不思議だと思う。
危ないなら柵をすればいい。
私もそう思う。
今も思っている。
でも、調べるとこれが意外と簡単ではないらしい。
まず、数が多すぎる。
用水路が少しだけあるなら、危ない場所から順番に柵をつければいい。
でも岡山市だけで延べ約4,000kmあるのだ。
多いなぁ~。
さらに用水路は、ただの穴ではない。
水を流す。
農業用水として使う。
雨水を逃がす。
掃除や管理が必要。
田んぼや家の出入り口とも関係する。
柵をつければ安全になる場所もある。
でも柵をつけることで、車の出入りがしづらくなったり、農作業や水路の清掃がしづらくなったりする場所もある。
だから現実には、危険度の高い場所や事故が起きた場所から、
少しずつ対策していくことになる。
転落防止柵。
ふた。
視線誘導標。
ラバーポール。
等々。
我が家のガレージは、公民館になった
時をあの日に戻す。
用水路に車の左半身を持っていかれた女性を、
私は目の前の我が家のガレージに案内した。
大雨の夜だったし、レッカーが来るまで外で待つのはさすがに気の毒だった。
そこまではいい。
問題はその後である。
近所のおばさんたちも来た。
どこからともなく来た。
夜なのに来た。
大雨なのに来た。
なぜ分かるのか。
なぜ集まるのか。
なぜそのスピードで現場に来られるのか。
大雨の夜、我が家のガレージは人でひしめき合っていた。
当事者の女性。
私。
近所のおばさん。
また別のおばさん。
たぶん通りすがりのおばさん。
レッカーを待つ間、ガレージはちょっとした夜の公民館になった。
いや、野次馬は帰れよ。
「なにがあったの?」とやってくるおばに
違うおばが状況を説明し始める。
説明しているおばも、別に事故の瞬間を見ていたわけではない。
そしてなぜか全員、最終的に同じ場所にいる。
私は当事者の女性にだけ、そっとホットココアを渡した。
事故のあと・・・
そういえば、あのドラゴン事件の数カ月後。
我が家の目の前の用水路に、ラバーポールがついた。
赤やオレンジの、道路の端に立っている柔らかい棒。
それが、あの場所に立った。
まるで、警察の現場検証で証拠品の場所を示す番号札のようだった。
「ここで事故がありましたよ」
「ここで車が半分吸い込まれましたよ」
そう言わんばかりに、用水路の横に立っていた。
事故が起きる。
しばらくして、応急処置がされる。
お役所仕事そのものである。
いや、もちろんありがたい。
実際、そのラバーポールがあるだけで、大雨の夜の見え方はかなり違う。
でも、家の目の前なので、私はそれを毎日見る。
毎日見るということは、毎日思い出すということである。
あの日の大雨。
あの日の夜。
あの日の轟音。
あの日の車の角度。
あの日、我が家のガレージに集まった麗しき女性と近所のおばさんたち。
私の日常は、ドラゴンの思い出と共にある。
彼女の犠牲のおかげで・・・
それからというもの。
特に大雨の日の夜、保育園から帰る道中で、私はあのラバーポールをじっと見る。
車のライトに照らされて、雨の中にぬっと浮かび上がる。
道路は濡れている。
用水路の境目は見えにくい。
雨粒がライトに反射して、視界がにじむ。
その中で、ラバーポールだけが私に訴えかけてくる。
「おい、落ちるなよ」
私はそのたびに思う。
「ああ、彼女の犠牲のおかげで、私は今日も無事故でこの用水路を通過できている」
ありがとう、あの日の麗しき女性。
ありがとう、半身を持っていかれた車。
あなたたちのおかげで、ここにはラバーポールが立ちました。
そして私は今日も、そのポールを横目に、我が家に向かってハンドルを切る。
岡山の用水路を知っているか
岡山の用水路は、怖い。
これは本当にそう。
夜、自転車で走る時。
雨の日に車を出す時。
大雨の夜に保育園から帰る時。
子どもが水路の近くを歩く時。
高齢のご近所さんが出かける時。
「慣れている道だから大丈夫」は、たぶん一番危ない。
特に雨の日と夜は、岡山県民でもちゃんと警戒した方がいい。
岡山の用水路を知っているか。
岡山県民は今日も、用水路を避けながら生活している。
みんな。
雨の日の夜は、ほんまに気をつけような。


成人まで岡山に住んでたからわかる!!
言われてみると用水路多い気がする🤔
用水路の長さ‼️これに驚きました!
雨の日は、脅威をもたらしますね☔️
昨日のLIVEでHANAさんのクレープも食べてみたい🤤