私が原価60%超えのクレープを作る、チョコっと真面目な理由
今回、デン太郎くんとのコラボ記事を書かせてもらいました!
テーマは「チョコレート」!!!
ありがとうございます♪♪♪
デンちゃんの記事は
私は、母の乳よりチョコを摂取してきた。
それくらいチョコが好きだ。
疲れた日もチョコ。
うれしい日もチョコ。
もう今日は人類と分かり合えないと、枕を濡らした日もチョコ。
🍫
チョコは、私にとって嗜好品ではなく、必需品だ。
そんな私が、いまはチョコを使ったクレープを販売している。
好きが高じて、とうとう商売にまでしてしまった。
お客さんに「チョコのクレープください」と言われるたび、
心の中で小さくガッツポーズをしている。
わかります。
チョコ、いきますよね。
人生には、チョコをかけたほうがいい瞬間がありますよね。
🍫
そう思いながら焼いている。
でも、商売として考えると、私のチョコのクレープはなかなか問題児だ。
なぜなら、原価が60%を超えるから。
飲食店をしている人なら、この数字を見ただけで
「頭おかしいんじゃねぇの?」
と詰め寄ってくるだろう。
60%超え。にわかに信じがたい原価率。
それはもう、商売というより、チョコへの奉納である。
昨今チョコレートの値上げに、チョコ好きだけでなく全国民がむせび泣いているが、
私がクレープに使っているチョコレートは、
スーパーで買えるチョコソースとか、板チョコの部類ではない。
私が使っているチョコは「フェアトレードチョコ」。
もう1kg7千円超えている・・・。
(開店した時は4千円弱だったのになー)
つまり1g7円もするということだ。
1円玉1枚で7円…。
スーパーの板チョコの倍以上の値段である。
でも、それでも私はフェアトレードチョコを使いたいと思っている。
なぜか。
それは、チョコが好きだからだ。
そしてチョコに感謝していて、カカオ農家さんをリスペクトしているから。
🍫
チョコレートの原料は、カカオ。
そのカカオの多くは、西アフリカで作られている。
特にコートジボワールとガーナは、世界のカカオ生産を大きく支えている地域だ。
そして、そのカカオ生産の現場では、
いまだに貧困と児童労働が大きな問題になっている。
2020年の時点で、コートジボワールとガーナのカカオ生産地域で、
約156万人の子どもが児童労働に関わっていたと報告されている。
さらに、その多くが危険を伴う作業に従事している。
156万人。
ほぼ、東京都の子どもの人口と同じである。
そう考えると急に現実味がじわじわと湧いてくる。
🍫
私がクレープを焼いている間にも、チョコを刻んでいる間にも、
子どもと涼しい家でのんびりゲームをしている間にも、
どこかで別の子どもが、カカオのために働いている。
多くの農家さんは貧しさの中で必死に生活している。
人を雇えない。
大人の働き手が足りない。
子どもが働き手となるしかない。
なぜか?カカオの買取価格が低く、家族全員で働かなければ暮らしが成り立たないからだ。
私達が普段手に取っているチョコレートの裏には、
とてもじゃないけど甘くない現実がある。
🍫
私は、こう思った。
罪悪感でチョコを買うのではなく、
未来につながるチョコを選びたい。
そこで出てくるのが、フェアトレードチョコレートだった。
🍫
フェアトレードは、ものすごくざっくり言うと、
生産者に対してより公平な価格や取引条件を目指す仕組みだ。
そもそも、なぜカカオ農家さんは、こんなに苦しい状況に置かれてきたのか。
もともとカカオは中南米で大切にされてきた作物だった。
それがヨーロッパに渡り、砂糖と出会い、チョコレートとして広まっていく中で、
だんだんと「遠い国で安く作らせて、豊かな国で高く売るもの」になっていった。
植民地時代、多くの地域では、
ヨーロッパの国々が必要とする作物を大量に作らされていた。
カカオ。
コーヒー。
砂糖。
綿花。
こうした作物は、自分たちが食べるためではなく、
外国に売るために作られるものだった。
でも、そこで生まれた利益の多くは、作っている人たちの手元には残らなかった。
ガーナでは、植民地時代の1930年代に、イギリス植民地政府がカカオを一括して買い上げる仕組みを作った。
表向きは農家を守るための価格安定策だったが、実際には安く買って高く売り、政府収入を得る仕組みとして働いた面もあると指摘されている。
いちばん大変なところを担っている人たちが、いちばん弱い立場に置かれてきた。
その流れは、今も完全には終わっていない。
カカオ農家さんの多くは小さな農家だ。
そのしわ寄せは、子どもたちにも向かう。
農家さんの収入が少なければ、大人の働き手を雇うお金がない。
子どもを学校に通わせるお金も足りない。
そうなると、子どもが家の仕事を手伝うしかなくなる。
もちろん、子どもが危険な作業をすることは絶対にあってはいけない。
でも、その背景には、親である農家さん自身も追い詰められている現実がある。
🍫
さらに、近年の異常気象による、洪水、干ばつ。
カカオの木は病気になり、いずれ死ぬ。
新しいカカオの木を植えても、実がなるまで何年もかかる。
その間、カカオ農家の収入はゼロだ。
追い打ちをかけるように、カカオ農家の廃業が増えているリアルな現実がある。
ガーナでは、近年カカオ農園のある土地でゴールドが採れることがあり、
違法な金採掘によって農園が壊されたり、
農家さんが土地を手放したりする問題が起きている。
カカオを育てるより、金を掘る方がすぐにお金になるから。
そうしてカカオ農家は貧困から抜け出せずいるか、
カカオ農園をやめてしまうか、の二択に迫られているのだ。
🍫
近年では、カカオ価格の大きな変動や供給不安を受けて、
チョコレートメーカーがカカオ以外の原料や代替素材を使った商品開発を進めている動きもあるのを知っているだろうか?
つまり、未来の子どもたちにとって、チョコレートは今よりずっと高級品になるかもしれない。
もしかすると、「昔は本物のカカオで作ったチョコを普通に食べてたんだよ」と言う時代が来るかもしれない。
その時、子どもたちに言われるのだ。
「え、ばぁちゃんたち、毎日そんな貴重なもの食べてたの?」
私はたぶん、目をそらす。
「いや、毎日は食べてなかったよ」
嘘である。
でも本当に、チョコはこのままずっと当たり前にあるものではないのかもしれない。
🍫
フェアトレードの意味
フェアトレードは、ただ「いいことをしているチョコ」という意味ではない。
長い間、安く買われてきたカカオに対して、
「その値段で、本当に作る人は暮らしていけますか?」
と問い直す仕組みだ。
ただ、カカオ農家を守るというのは、
高く買えば終わり、という話ではない。
農園を続けていけるように、農業の技術を伝えること。
気候変動に負けにくい育て方を学べること。
木の病気や害虫への対策を知ること。
土を守りながら、森を壊しすぎずに、収穫量を上げる方法を知ること。
そういう知識がなければ、カカオ農園は続いていかない。
先進国の農業技術を、ただ上から教えるという話ではない。
その土地で生きてきた人たちの知恵を尊重しながら、続けていける方法を一緒に探すこと。
それが本当の意味で、カカオ農家を守ることなのだと思う。
そしてもう一つ、大切なのは教育だ。
子どもに教育を受けさせることの大切さを、地域全体で共有していくこと。
「子どもは働き手」ではなく、
「子どもには未来を選ぶ権利がある」
そういう当たり前を、当たり前にしていくこと。
親が安心して暮らせること。
子どもが学校に行けること。
農園が続けられること。
この3つは、別々の問題ではなく、全部つながっている。
もちろん、フェアトレードを選べばすべてが一瞬で解決する、という魔法ではない。
フェアトレードは、水戸黄門の印籠ではない。
「このマークが目に入らぬか!」で世界中の問題が平伏すわけではない。
でも、何も変えられないわけでもない。
私達に何ができるか?
買うという行為は、投票に似ている。
「私はこっちの未来を応援します」
そういう小さな一票を、毎日の暮らしの中で入れることができる。
たとえば、10円でも、できたら100円、安いチョコを選びたくなる日がある。
ある。
めちゃくちゃある。
でも、まずは一回。
いつものチョコを、たまにフェアトレードにしてみる。
贈り物のチョコを、フェアトレードにしてみる。
そういう小さな選択でいい。
これは本当に、きれいごとではなく、かなり現実的な話だと思う。
企業は、売れるものを売る。
売れないものは、棚から消える。
どれだけ素晴らしい商品でも、選ばれなければ続かない。
逆に言えば、私たちが選び続けるものは、少しずつ世の中に増えていく。
一昔前は、オーガニック商品だって、今ほど当たり前にスーパーに並んでいなかった。
「意識高い人が専門店で買うもの」みたいな空気があったと思う。
でも今は違う。
スーパーに行けば、オーガニック野菜がある。
無添加の商品がある。
産地にこだわった商品がある。
環境に配慮した商品がある。
それは、誰かが選んできたからだ。
「こっちがいい」と選ぶ人が増えたから、企業も動いた。
売れるとわかったから、棚に並ぶようになった。
だったら、フェアトレードも同じだと思う。
「産地で選ぶ」
「価格で選ぶ」
「素材で選ぶ」その選択肢の中に、
「生産者を守る」
という選択肢が、当たり前に存在する時代になってほしい。
チョコを買う時に、
安いから。
おいしそうだから。
パッケージがかわいいから。
それに加えて、
これは作っている人を守るチョコかな。
そう考えることが、特別なことではなくなってほしい。
🍫
私はチョコを愛している。
私はクレープ屋として、原価60%超えの現実に白目をむきながらも、フェアトレードチョコを使う。
正直、経営としてはまったくもってまともな数字ではない。
でも、私にとってチョコは、ただの材料ではない。
お客さんが「おいしい」と笑ってくれるもの。
疲れた日に、自分をちょっとだけ甘やかせるもの。
子どもたちが目を輝かせるもの。
私がずっと好きで、これからも好きでいたいもの。
だから、そのチョコの裏側にいる人たちのことも、できるだけ大事にしたい。
「おいしい」の向こう側に、誰かの苦しさだけが積み上がっているのは嫌だ。
私達の「安い」が、子どもたちの労働によって支えられているならば、
安さなんてくそくらえだと思う。
🍫
そんな大げさな話を、たかがクレープに乗せるなと言われるかもしれない。
でも、私は乗せたい。
原価60%を超えても、私がフェアトレードチョコを使う理由。
それは、正義のためというより、愛のためだと思う。
そして、かなり本気の食い意地でもある。
だって私は、これから先の未来でもずっと、甘美で至高な食べ物、
チョコレートが食べたいのだ。










